緊急産学官プロジェクト”動け!日本”
 
 【概要と提言

目指そう!世界一の生活

 「動け!日本」は、日本の経済活性化へ向けた方策を探る研究プロジェクトである。現在、東大の工学部を中心に、理学、医学、薬学、農学等、理系の人間、70〜80名を中心とし、学外の方にもご参加いただいて議論を行っている。結論は、生活の質の向上を目標にしようということである。
 現在の日本は紛れもない経済大国である。産業振興という明治以来の目標を達成した結果、日本人は共通の目標を失い、日本は今、新たな目標を模索し続けている状況にある。その目標を、生活の質の向上におくことを提案したい。
 日本は貿易立国といわれるが、輸出額は年間50兆円ほどである。それに対して、内需は500兆円に達する。現在の停滞から抜け出すためには、内需を喚起できる方向が示されることが有効なのではないだろうか。500兆円の内需の中には、私たちの暮らしがあるのだ。したがって、暮らしの中に目標を決めていく、そのために、科学技術資産、すなわちイノベーションをどのように役立てるか、そういう流れで考えてみた。
 消費をすることが経済発展に寄与するといわれても、必要を感じないものには購入意欲は生じない。先進国とは、生活必需品が国民に行きわたった国ともいえるのである。そこで必然的に、新しい需要を発掘することが経済活性化の面から必要となってくる。
 しかし、需要というのは、そのものが無いときから存在していることは少ない。たとえば宅急便、カラオケ、あるいは、携帯電話といったものを考えてみればよい。それらは、もともとそういうものがなかった時に需要が顕在化していたのではない。こんな製品が「できる」というアイディアがあり、一方で潜在的欲求がある。両者が出会うと、始めて「欲しい」という需要が生ずる。つまり、「できる」と「欲しい」が結びつくことによって、潜在的欲求が具体的な経済的需要として生まれてくる。
 したがって、将来の日本の生活像を考える際には、人々が潜在的に何を望むかという願望と、今後の科学技術革新の動向という二つの方向を、きちんと把握する必要がある。
 プロジェクトでは、これからの生活において生活者が望むものは、より健康で、より安全な、より快適な生活、また、よりよい教育が提供される社会であると、考えた。つまり、需要と技術革新が結びつく社会のキーワードは、健康・安全・快適・教育などだと考えた。

活かそう!科学技術資産

 科学技術の動向を把握するために、まず、大学を調べた。プロジェクトに参加しているメンバーの近くで行われている研究を、生活という観点から調べたのである。その結果、非常に多くのイノベーション萌芽が見出された。
 それらの多くは、知識の市場性、および知識の普及・拡散の度合いという2つの座標軸でみたとき、その原点に近いところにある。すなわち、それらは今後価値を生む卵の状態にある。なかでも、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、インフォメーションテクノロジーなどの分野には、非常に多くのイノベーションの萌芽がある。
 これらをいかにして、企業化していくかが重要である。イノベーションのすべてがビジネスにつながるわけではないが、さまざまな挑戦がなされ、いくつかが成功し、さらにその中の一部が大きな産業として育ってゆく。その挑戦を担うのがベンチャーである。
 挑戦のという観点から、日本の社会の現状を明らかにするために、10の成功したベンチャーの社長とインタビューし、成功要因の分析を試みた。その結果、ベンチャーが安定企業に成長するまでには、多くの難局を乗り越えていることがわかった。ビジネスの成功は、初めに優れた技術があったというだけで可能なわけではない。資金調達・販売などビジネスのイノベーションが不可欠であり、さらに、第二段、第三段のテクノロジーイノベーションも加わって始めて達成されることが明らかになった。
 追いつけ追い越せのモデルがあった時代には、ベンチャーの必要性は大きくはなかった。しかし、先進国として新たな産業を作り出すための仕組みは、モデルを追いかける時代と同じではあるまい。さまざまなアイディアを、実社会で試してみる必要があるだろう。ベンチャーは、そうした社会実験の方法のひとつである。日本には、今、起業家精神に富んだ人材の輩出、その人々にアイディアや資金を提供する仕組み、規制の緩和、「特区」の設置、失敗を許す風土、再挑戦の可能な制度といった、挑戦を容易にするさまざまな仕組みが必要だろう。新産業の創成を促すためには、私たちの気持ちを変える必要があるようにおもわれる。

イノベーションの可能性

 大学の研究を、生活という視点から編集してみた。それらをまとめた第二部は、「動け!日本」プロジェクトのショーウィンドウである。私たちタスクフォース約80名の周辺だけでこれだけ吸い上げることができたことに注目していただきたい。疑いなく、日本の大学には、生活と直接結びつくおびただしいイノベーションの萌芽があるのだ。例を挙げると。

<どこでも健康診断>
 ガラスやシリコンの小さな基板に、微細な流体回路、無痛針、ポンプ、反応部、分析部などを作りこんだマイクロ化学チップが研究されている。蚊の針のように細い針とマイクロポンプの組み合わせで、耳から10マイクロリットル採血し、分析する。こうしたチップに、計算するシリコンのチップなどを組み合わせ、携帯電話やテレビなどで、カルテや、やがては個人のゲノム情報が保存された電子化情報センターに発信すると、診断結果が直ちに返送される。
 おなかを空かせて病院に出かけ、静脈にズブッと太い針をさされて50ccも採血され、数日後に結果が郵送される現在の人間ドックより、早く、正確で、痛くない診療が可能になる。こうしたシステムは、高齢化社会に向けて、大きな産業となるであろう。

<グリーン経済・社会システムの確立>
 次に、環境の関連であるが、現在、バイオマスの効率的利用や循環型社会の実現が指向されている。こうした問題では、分散してしまったものをどのようにして集めるかというのが、実は大きなネックとなる。これを、コンビニなどの小拠点から、川べりや鉄道駅などの中拠点、そして、大拠点まで効率的に集め、有効に利用する。そのためには、輸送の社会的インフラと環境情報ヘッドクォーターが必要である。環境情報は非常に分散しており、膨大な量がありながら全体像としてそれらを把握できていない。これらの情報をきちんと集め、整理し、発信していくという機能を担うところが必要なのである。

<痛みがわかる構造物の例>
 一本の光ファイバーを橋に張っておく。すると、橋のたもとで、どこでどれだけ伸びたか縮んだかを、理論的には20kmで1cmの精度で判定できる。つまり、地震が来た後に、この橋を渡っていいかどうかという判断を下せるのである。この方法は、飛行機やビルやトンネルにも適用できるから、それらを痛みの分かる構造物に変えてくれる

<世界最高速ロボット制御技術の例>
 次にロボットである。スピードが千分の一秒、人間の30倍の速度を感知する目が開発されている。目と駆動機構が速いため、いくら速く人が動いても追従できる。これを応用すれば、たとえば非常にクリアに写る防犯カメラなどができるのである。生活を支援するイノベーションとして、さまざまなものに使えるであろう。

<機械工学の先端医療への応用技術例>
 次に、機械工学の応用技術である。二つの周波数の違う超音波を当て、腎臓結石を処理するものである。一つの超音波によって、マイクロバブルを発生させ、そこにもう一つの超音波を当てると、結石を溶かすように細かく砕くことができる。現在の衝撃波破砕技術のように、結石が二つに大きく割れたりする危険性もなく、さらさらと微細に崩れていく。非常に興味深いイノベーションである。

<人工ナノ構造体による感染症診断バイオチップの例>
 ナノテクノロジーで、診断用のチップというのが可能であるという例がある。ナノふるいにかけることによって、赤血球などは除去し、AIDSのウィルスのDNAだけを集めて、それを分析するというようなことが、既に可能になっている。

<統合化のための人体シミュレーション>
 大学は先端研究を行っている。先端研究の特徴の一つは、部分的な研究が多いことである。一方、ビジネスは総合的なものであるから、大学の研究だけではなかなかビジネスにはならない。先端研究とビジネスをつなぐために、統合を目指した先端研究も行われている。たとえば、ゲノムから、蛋白質、細胞、臓器、体、そして最終目標である健康へと、全体を繋いでいこう、俯瞰していこうという研究である。基礎研究と社会の要求を結びつけるために、利用することができる。
 イノベーションの種はおびただしい数あるが、それらは、いわばジグソーパズルのピースとして存在する。それらと、科学技術に関する常識や見識を総動員して、全体像を描く、つまり、社会全体のビジョンと関連させてみる必要があるだろう。個人の自由な発想を基盤としつつ、基本的なビジョンは共有する必要があるのではないだろうか。

動こう!未来へ

 プロジェクトを推進する過程で、きわめて重要な発見があった。恥ずかしいことだが、イノベーションの萌芽が学内にこれほどあるということを、実は私達自身が知らなかった。疑いなく、大学は知財の宝庫である。しかし、それらは活用されていないし、知られてさえいない。このことはまた、企業にも眠っている種がたくさんあるということを示唆している。それらを私たちの潜在的な願望と結びつければ、新しい需要を掘り起こすことが可能だろう。
 金融など、現在主として議論されている問題解決の重要性はいうまでもないが、欠けているのは、構造改革の後に何がくるのかということであろう。重要なのはビジョンの共有であり、それは、イノベーションと私たちの願望が出会い、私たち自身の生活につながるところにあるのである。
 現在、日本の人口は世界第七位である。そのような大きな国が先進国になったということは、自国のマーケットが大きいということに他ならない。また、日本の生産はドイツ、イギリス、フランスを併せたものに匹敵し、アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国である。こうした日本の製品を、一方的に買えるような国はどこにもない。したがって、輸出のみに頼って日本がこれ以上の発展を遂げるのは困難なのだ。先進国というのは、自分の生活の中に目標を見出す。そして、自分のことは自分で決めるのだ。電力、鉄道、コンビナート、高速道路、学校、大学、新聞、郵便、議会、警察、こうしたシステムは、当時の先進国が自らのために始めたのだ。それが、現在の産業の基盤をなしている。
 私たちは、私たち自身が必要とする新しいシステムをつくろうではないか。高齢化社会、環境問題などは、その糸口となり得るだろう。なぜなら、日本は高齢化の先陣を切っており、高密度な産業先進国として環境問題も世界に先駆けて顕在化する。このことは、私たちが抱える困難ではあるが、遠からず他の国もわれわれの軌跡をたどる。
 たとえば中国は、一人っ子政策が成功した結果、日本以上の速度で高齢化が進んでいる。このことは、日本が必要とするシステムは、やがて世界が必要とするものであることを意味する。もし私たちが成功すれば、そのシステムは世界の標準となるだろう。産業競争力や世界の人々からの信頼は、結果としてついてくるであろう。
 明治維新以来、私たちは産業の振興を目標に国を発展させてきた。その際モデルとしたのは、欧米にあったシステムや産業である。私達は成功し、多くの世界一の産業を作り、経済大国となり、先進国の仲間入りを果たした。先進国となった以上、これから先は、自分たちで目標を決める他に道はないのである。他人が作った目標の追いかけっこを続けるならば、20分の1の給料で同じ教育レベルに達しつつある中国など、発展途上国に勝てるはずはないのである。
 こうした基本的な認識を共有した上で、これからは個人が中心となって、私たち自身の生活の中に目標を見いだし、科学技術革新の動向を把握することによって、あらたな産業を作り出していくべきだろう。産業振興が国を引っ張る時代はおわり、生活の高度化を目指すことが結果的に産業を振興させる時代に入ったのだ。そのために、大学を是非活用していただきたい。大学側も、より開かれた場にしていく努力をして、ご期待に沿いたい。
 以上が、私たちのメッセージである。

プロジェクトの提言

 すでに多くの提言が産・学・官の多くの人々からなされており、本プロジェクトの活動の中から提言というものを出す必要があるのか迷うが、いくつかはやはり、重なることがあっても提言しておきたい。 提言は 「動け!(命令形ではなく、呼びかけと感じてほしい)痛みを恐れず国、企業、大学その他あらゆる組織の構造改革を進めよう」である。
 政府が「本気を見せる」ことが重要だ。政府が本気を見せないと国民は納得しない、動かない。挑戦すべき目標は「目指せ!世界一の生活」である。目標を持って進む日本人は強い。21世紀の再挑戦である。あの第二次世界大戦後の「無」からわずか30-40年で世界一の経済大国になった日本である。「今から10年で日本は復活できる。信じて挑戦しよう」である。

国民の健康が第一

 医療と健康の問題においては、科学技術としての最先端医療技術をいち早く一般国民が享受できるようにするために、社会実験としての「医療特区」を認めるべきである。医学分野の、大学のイノベーションを早く広く生活者に届けることを妨げることはおかしい。健康寿命延伸の可能性を妨げてはならない。国民を守ることが産業の発展につながる。

なんと言っても安心・安全の確保

 人間の最終的というか最低限の願望は生存である。安全である。安全が近年低下傾向にある。凶悪犯が日本を跋扈している。食の安全も大問題で、これも議論されている。残っているのは実行であって、問題はそのスピードだが。これも政府が「本気を見せる」ことが重要だ。

美と知のインフラ整備

 日本を美しい国にする。山も海も川も、そして街並みも。明治以来の西洋化とりわけ第二次世界大戦後の急速な工業化は、国土や街の美を犠牲にして成長を目指してきた。そして美と知の融合である文化も、人々の精神構造の美も大きく消失した。街の美観、これは資産である。この資産をもう一度再建することは、生活の高度化そのものである。その街に知のコミュニティーが広がる日本にしよう。そしてこれは、産業になりうるのである。

なんと言っても安心・安全の確保

 人間の最終的というか最低限の願望は生存である。安全である。安全が近年低下傾向にある。凶悪犯が日本を跋扈している。食の安全も大問題で、これも議論されている。残っているのは実行であって、問題はそのスピードだが。これも政府が「本気を見せる」ことが重要だ。

起業者の積極支援

 イノベーションによる経済活性化はベンチャー企業の創出だけではない。イノベーションによる新事業、新製品、新サービスの創出努力は既存の大企業にとっても再生の処方箋である。大企業の中で「とがっている人」をもっととがらせて創造を育ててほしい。改革に挑戦する社員を大切にしてほしいと思う。残る人以上に創業で出る人には支援を強めてほしい。それが企業の社会への最高の貢献である。イノベーションのシーズは社内にもあるが社外にも広く求めてほしい。

産学連携の積極推進

 大学には多くのシーズがあると信じて、産学連携を積極的に支援してほしい。いくつかは本書で紹介したが、この幾十倍もあると信じてほしい。大学のほうも「一歩前へ!」出て積極的に自分の研究成果を、産業を通して生活者に届けよう。産学連携は社会的貢献などという抽象的で難しい話は必要ない。もっと直感的に素直に自分の成果を世に出してほしい。そして自己実現を目指してほしい。

産学連携の成果物は人財である

 大型の産学協同研究プロジェクトが徐々に動き出した。すばらしい兆候である。高度成長期の単なる学生採用のお付き合いから、本気の共同研究になったのは画期的である。提言したいのは、産学共同プロジェクトの成果物について次のように考えてほしい。共同プロジェクトの成果物すなわちアウトプットは、単に特許や報告書ではない。大学と共同でプロジェクトを行う最大の価値は大学院の学生である。共同プロジェクトの中で、脳と身体に汗をかくのは大学院生である。産学協同プロジェクトのアウトプットは、その分野の最先端のスキル(スキルとは経済的応用力)を持つPhDである。日本が、企業が「知で立つ」ためには、このスキルある優秀なPhDの数が重要である。もし単なる特許や報告書をアウトプットとするなら、なにも大学でなくていい。産学共同プロジェクトは人材創出プロジェクトでもあるべきだ。これが本来の産学連携である。新人は大学にしかいない。行き詰まった時には新人を使う、これは現場の知恵である。

イノベーションを100倍加速する

 科学技術基本計画も折り返し点に来て、重点部分に投資してきた成果も出るだろう。しかし、日本人の可能性は無限である。これを最大限に伸ばすために「ファクター100プロジェクト」の推進を提言したい。すなわち、現在の機能を100倍もしくは100分の一にするプロセスを目指す研究に資金を援助する。分野を問う必要はない。ともかく100倍だ。イノベーションの分野はどこかなどという難しい議論はいらない。歴史的にも進歩は思いがけないところから出てきて、社会を変えてきた。

全国にイノベーションの仕組みを埋め込む

 知的クラスター、産業クラスターの形成を推進するプロジェクトが進行中であるが、どんどん進めてほしい。21世紀前半はITによる新しい社会、国土が実現される時代である。ITをインフラとした社会は、時間と空間の概念がこれまでとは異なる。グローバル、ローカルでグローバルのモノ、サービスが自由に渡り合う。日本では東京が良い例だが、ものすごい集中の動きが進行している。特に情報・知識・文化の集中である。そしてビジネスも。これら無形のものが勝手に集まってくるのではない。多様な才能ある人が集中しつつあるのだ。知・文化・ビジネスの集中はそれを「担う人」の集中である。産業集積は工場の集積であった。今、経済的な産業集積は「スキルがある人」の集積に変わった。全国の知的産業クラスターを展開しよう。

大学を地域の知の核に

 都市再生を産学創成拠点として積極的に推進してほしい。その都市に産・学・官・個の一体構造を埋め込みたい。大学は都市の中心であってほしい。そこが知交流の場である。大学を中心に都市を「知の街」を建設すればいい。ここで「官」は新しい「公」であるNPO、NGOを強く組織してほしい。「産」は若い組織、新規事業の組織である。ただし学園都市ではだめで、生活者が多く、そして生活者が中心の大きな街である。これが知的クラスター、産業クラスターの中心として地域全体を活性化させる。少なくともこのようなクラスターが北海道から九州まで10以上あっていい。全国に21世紀の「形」、集中と分散の実装を提言する。

政策、国家プロジェクトの統合の強化を

 「動け!日本」プロジェクトは、「生活産業創出研究会」プロジェクトと「都市再生戦略チーム」プロジェクトと協調と連携をとって進められている。追求するものは生活者の生活水準の向上であり、その効果を最大限にするため、推進されているプロジェクト間の連携を強化すべきである。また、政策の一層の強化も必要となる。今は国民から見て、全体の絵が見えないジグソーパズルのようである。

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